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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)587号 判決 1997年8月12日

原告

波木邦之

ほか二名

被告

山重良朗

主文

一  被告は、原告波木邦之に対し、金一三五〇万八三一七円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告波木千津子に対し、金一五六五万〇五四七円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告波木邦之に対し、八五九六万四一一八円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告波木千津子に対し、九六二七万五六一六円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本件交通事故により死亡した児童の両親が原告として、また母親は本件交通事故の際の自らの受傷による損害を合わせて、被告に対し自賠法三条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件交通事故

発生日時 平成三年一二月三一日午前一一時二〇分ころ

発生場所 埼玉県新座市野寺三丁目四番一一号先路上(道の幅約三メートルで自動車の行き違いができない)

被告車 普通貨物自動車(二トン車、多摩四五ぬ四八六一号)

事故態様 被告がその運転する被告車を後退させた際、被告車の後方に停車し波木宏樹(以下、「宏樹」という。)が後部補助席に乗車していた原告波木千津子(以下「原告千津子」という。)の運転する自転車に被告車後部を衝突させた。

2  事故による被害

宏樹は、本件交通事故により頭蓋骨粉砕骨折の傷害を受け、そのため本件交通事故当日の午後一時三五分に死亡した。同人は、昭和五七年六月二九日生まれであり、死亡時九歳であった。

3  被告の責任原因

被告は被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

4  損害のてん補

原告らは、宏樹の死亡により左記のとおり損害のてん補を受け、これを原告らの損害賠償債権に各二分の一(一三二四万一一五〇円)宛充当した。

(一) 葬儀費用一九五万〇六五六円

(二) 自賠責保険金二四五三万一六四四円

5  相続

原告波木邦之(以下「原告邦之」という。)は宏樹の父で、原告千津子はその母であり、宏樹の死亡により、宏樹の損害賠償請求権を法定相続分である二分の一宛相続により取得した。

二  争点

1  宏樹の死亡による損害額

(原告らの主張)

(一) 逸失利益

宏樹の両親は高学歴であり、宏樹も将来社会的に有意な成人になる現実的な可能性を示していたから、同人は少なくとも大学に進学し、大企業に就職するであろうことはほぼ確実なことであった。したがって、平成四年度の賃金センサスによる一〇〇〇人以上の規模の大企業における大学卒の労働者の平均年収は七二八万四〇〇〇円であり、また、生活費の割合は、通常予想されるライフサイクルにより、二二歳で大学卒業後二八歳で結婚するまでは〇・五、その後三五歳で第二子をもうけるまでは〇・四、その後第二子の出生後は〇・三とするのが妥当であるから、これによりホフマン方式により中間利息を控除して宏樹の逸失利益の現価を計算すると、七九六五万八四〇六円となる

(二) 宏樹の慰藉料

宏樹は、両親の寵愛を受け、伸び伸びとその能力を発揮して成長を遂げようとしていたところ、本件交通事故のため僅か九歳で死亡し、しかも、本件事故は被告の重大な過失によって惹起されたものであり、その事故態様によれば、宏樹は凄まじい恐怖と苦痛を受け、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を受けたから、宏樹に対する慰藉料は、八〇〇〇万円が相当である。

(三) 原告らの慰藉料

原告らは、本件事故により慈しんでいた宏樹を僅か九歳で失い、また、本件事故は被告の重大な過失によって惹起され、その事故態様によれば、原告らは、宏樹の死亡により筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を受け、及び事故後の被告の態度は原告らの被害感情を逆なでするものであった。このような事情に照らすと、原告らに対する慰藉料は、各一〇〇〇万円が相当である。

(四) 葬儀関係費用

原告らは、宏樹の左記葬儀関係費用合計八九一万二一三一円を各自半額宛支払った。

(1) 葬儀費用 一九五万〇六五六円

(2) お布施 五三万六〇〇〇円

(3) 葬儀・法事関係諸費用 八〇万〇七四〇円

(4) 花・線香・蝋燭代 一〇万九八四七円

(5) 仏壇・仏壇置き・位牌・経机等の購入費 四〇万二九四五円

(6) 墓地・墓石等の購入費 五〇〇万四五〇〇円

(7) その他雑費として 一〇万七四四三円

2  原告千津子の受傷による損害

(原告千津子の主張)

(一) 原告千津子は、本件交通事故により、頸部捻挫、腰椎捻挫、眼球打撲の傷害を受けた。

(二) 結城クリニックの治療費残金 四万二二三〇円

(三) 逸失利益

原告千津子は、後遺症として一二級に該当する痺れ感、頸部痛等の頑固な神経症状が残存しており、これにより労働能力を一四パーセント喪失した。したがって、同原告の四三歳から六七歳までの逸失利益は、四三歳の女子平均賃金が一か年三三七万三〇〇〇円であるから、ホフマン方式により中間利息を控除して現価を計算すると、七三一万九二六八円である。

(四) 慰藉料

原告千津子が本件交通事故により受けた傷害の内容、程度、その治療の経過、後遺症の内容等を考慮すれば、同原告に対する慰藉料は、三二二万円が相当である。

(被告の主張)

原告千津子の頸椎捻挫は外傷性ではなく、椎間腔狭小、脊髄圧迫、骨棘形成は加齢性のものであり、本件交通事故との因果関係はない。仮に同原告の症状と脊髄圧迫や骨棘形成の発症との間に因果関係が認められるとしても、傷病の発生、拡大に加齢変化と原告千津子の心因性反応が寄与しているから、損害の算定にあたってはこの点を十分斟酌すべきである。

3  原告らの弁護士費用

(原告らの主張)

原告らは、本訴原告ら弁護士に対し、各自四六五万円宛を支払うことを約し、各自四〇万円を支払った。

4  過失相殺の可否

(被告の主張)

原告千津子には、本件交通事故に際し、以下の過失が存するのであり、損害賠償額の算定にあたっては被害者側の過失として斟酌すべきである。

(一) 本件交通事故当時、原告千津子は、被告車に追従していたところ、このような場合には、被告車に注意を喚起するため被告車のサイドミラーに映るように道路の端を走行すべき義務があるのに、漫然と道路の中央を走行し、さらに被告車が停車した際も、被告車の真後ろに停車し、そのため、被告は原告千津子の運転する自転車の発見が遅れた。

(二) 自転車は後方や側方への退避が困難な車両であるから、自転車の運転者としては、自動車の後に停車する場合、自動車の後退に備えて自転車より降車すべき義務があるのに、原告千津子は、被告車が停車した際、自転車に跨ったまま待機したため被告車の後退に対する退避行動が遅れた。

(三) 埼玉県公安委員会規則によれば、二人乗りが許されるのは六歳未満の児童を乗せる場合までであるのに、原告千津子は、当時九歳の宏樹を後部補助席に乗せて二人乗りをし、そのため被告車の後退に対する退避行動が遅れた。

第三争点に対する判断

一  宏樹の死亡による損害額

1  宏樹の損害

(一) 逸失利益 三〇二九万八九三四円

宏樹は、前記のとおり本件交通事故当時九歳であり、甲第一六、第一八及び第三〇号証によれば、原告邦之は、大学を卒業して会社に勤務しており、宏樹も将来大学に進学させる心づもりであり、宏樹は健康で学校における成績も良好であったと認められるから、同人は、本件交通事故に遭わなければ大学に進学したものと推認される。そして、平成三年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計の全国大学卒の男子労働者の平均賃金は年間六四二万八八〇〇円であるから、これら事実によれば、宏樹は、本件交通事故に遭わなければ、大学を卒業後二二歳から六七歳まで四六年間就労することができ、その間右平均賃金である一か年六四二万八八〇〇円を下回らない収入を得ることができた筈であると推認することができ、またその生活費は五〇パーセントと認めるの相当であるから、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、その現価を算定すると、宏樹の逸失利益は三〇二九万八九三四円(円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

ところで、原告らは、宏樹は一〇〇〇人以上の大企業に就職し、平均的ライフスタイルを基準として結婚し、二子をもうけるものとしてその逸失利益を算定すべきであると主張するけれども、宏樹は当時九歳の少年であり、これらの事柄は将来の不確定な出来事であって、宏樹が一〇〇〇人以上の大企業に就職し、平均的ライフスタイルとおりの結婚や子供をもうける蓋然性があるとまで認めうる証拠はないから、原告らの右主張等は採用することができない。また、控除すべき中間利息の利率は、宏樹が二二歳に達してから六七歳に達するまでの間の事柄であり、その間に経済の変動が繰返されることは明白であるから、現在の公定歩合を斟酌することは妥当でなく、年五分の割合によるのが合理的である。

(二) 慰謝料

(1) 前記争いのない事実及び甲第一六号証によれば、宏樹は、原告らに慈しんで養育されてきたところ、本件交通事故により九歳で突然死亡するに至った。

(2) 被告の過失及び本件交通事故の態様

<1> 前記争いのない事実及び甲第二ないし第一一号証、第一六号証、乙第一ないし第三号証、原告千津子及び被告各本人尋問の結果を合わせると、左記の事実が認められる。

本件道路は、幅員約三メートルであり、ほぼ東西に通じ、東側は畑で本件道路との間には有刺鉄線が張られており、西側は民家で本件道路に沿ってブロック塀が設置されている。被告は、平成三年一二月三一日午前一一時二〇分ころ、被告車を運転して、本件道路を南側(練馬方面)から北側(所沢方面)に向かって時速約一〇キロメートルで進行し、幅員約四・一メートルの西方に通じる道路が本件道路に逆T字路型に交叉している交差点の手前約九メートルに差し掛かったところ、折から同交差点で軽四輪貨物自動車が右西方に通じる道路を利用して切り返しを行って方向を転換しようとしていたので、その妨げにならないように被告車を後退させようと思い、被告車を停車させ、両サイドミラーで後方両側は確認したが、被告車の荷台にはガスボンベ一九本を積載していたので、バックミラーによっても自車の直後を確認することはできなかった。他方、原告千津子は、宏樹を自転車の補助席に同乗させ、被告車に追従して本件道路左側端を通行せずに本件現場付近に差し掛かり、被告車が停止したので、同原告も宏樹も自転車に乗ったままでその後方約三メートルの位置に停止した。被告は、両サイドミラーだけでは自車の後方の安全を十分確認できなかったにもかかわらず、両サイドミラーからでは追従車両等を認めなかったので、後方に車両等はないものと軽信し、後退の合図の警告音を発しつつ時速約五キロメートルで後退をして、そのため原告千津子の運転する自転車に被告車を衝突させ、自転車もろとも同原告と宏樹を転倒させてなおも後退を続け、同原告が立ち上がって運転席に駆け寄り、「止めて、止めて」と叫びながら運転席の窓ガラスを必死で叩くと、被告は漸く異常に気付き、被告車を停止させたが、停止するまでに被告車の後輸で宏樹の頭部を轢過した。

<2> 右のとおり、本件道路の幅員は狭く、しかもその両側は有刺鉄線あるいはブロック塀であったから、原告千津子としては、被告車の後方に停止する際、同車を避けるために道路の際に止まることはできなかったのであり、他方、被告は、自動車運転者として後退する時はその後方の安全を確認するのは運転者の基本的注意義務であるというべきところ、バックミラーによって直後の安全を確認することはできなかったにもかかわらず、安全を確認しないまま後退をしたのであって、その過失は重大であると認められる。

(3) そこで、右(1)(2)の事実によれば、宏樹は、両親の愛情に育まれて成長していたのに、本件交通事故により多大の肉体的苦痛と精神的恐怖を受けて僅か九歳で死亡したのであり、右認定のような被告の過失の内容その他諸般の事情を斟酌すれば、宏樹の精神的苦痛に対する慰謝料は、一五〇〇万円をもって相当と認められる。

2  原告らの損害

(一) 慰謝料

甲第一六及び第三四号証並びに原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らは、宏樹を愛育してきており、その成長を楽しみにしていたにもかかわらず、突然本件交通事故により九歳にして同児を喪い、とりわけ原告千津子はその目前で宏樹が被告車により轢過されたのであり、そのため原告らは深甚な精神的苦痛を蒙ったことが認められ、その他被告の過失の内容等諸般の事情を斟酌すると、その精神的損害に対する慰謝料は、原告邦之につき二〇〇万円、原告千津子につき三〇〇万円をもって相当と認められる。

(二) 葬儀費及び墓地・墓石の購入費

甲第一四号証の一、二、同号証の三の一ないし九五、同号証の四の一ないし三四、同号証の五の一ないし七、同号証の六の一ないし七、同号証の七の一ないし一一、同号証の八の一、二によると、原告らは宏樹の死亡による葬儀に関しその主張のような費用を支払ったことが認められる。しかしながら、宏樹の年齢、甲第一、第一六及び第三四号証によって認められる原告らの年齢、原告邦之の職業、家族構成等に照らすと、本件交通事故と相当因果関係にある葬儀費用関係費は、墓地・墓石等の購入費以外の費用は原告ら各自につき六〇万円宛、墓地・墓石の購入費は原告ら各自につき五〇万円宛と認めるのが相当である。

二  原告千津子の固有の損害

1  原告千津子の傷害及び後遺症について

(一) 甲第一二号証の一、二、第一五及び第一六号証、乙第五号証の一ないし四、第六号証、第七号証の一ないし一四、第八号の一ないし三、第九号証の一、二、第一一ないし第一四号証、証人税田の証言を合わせると、左記の事実が認められる(但し、甲第一六号証中後記採用しない部分を除く。)。

(1) 原告千津子は、本件交通事故後、平成四年一月一一日に初めて保谷厚生病院で治療を受け、頸椎捻挫、右大腿及び右膝打撲の診断を受けた。その際、頸部に痛みがあるが圧痛はなく、頚推に筋緊張があるが、腱反射に異常はなく、レントゲン撮影によれば、第四、第五頸椎間に椎間板腔狭小化が認められ、処方として、湿布薬、精神安定剤、杭潰瘍剤を投与され、次に治療を受けたのは同年五月二一日であり、その後同年一一月二八日までは毎月一回程度の通院をし、その間の治療の内容も同様であった。右一一月二八日には腰痛を訴えた。同年一二月二五日における下肢進展挙上テスト、股関節テスト、仙腸関節テストは正常であり、下肢の運動麻痺や知覚麻痺はなかった。同年一二月二二日にMRI撮影を受け、これによれば、第五腰椎から第一仙椎間の椎間板が後方へ突出(脊椎管狭窄)しているが、両側仙腸関節に明らかな異常信号は指摘しがたく、椎間板ヘルニアとの診断を受けた。そして、平成五年二月三日に腰痛軽減、第五腰椎から第一仙椎間の椎間板突出(軽度)との診断を受け、湿布二袋を投与された。

(2) 原告千津子は、平成五年三月三日に堀ノ内病院に転院し、自覚症状として、二重視、頸部痛(頸部の後部及び首を側曲した時)、右手しびれを訴えたが、眼科における対光反射、眼球運動、眼底所見はいずれも正常であり、同年同月一一日の診断によれば、ワンテンブルク病的反射は陽性であるが、三角筋反射、上腕三頭筋等上腕の筋反射、手関節伸筋等の筋力、膝蓋腱反射(両側)は、いずれも正常であり、知覚も他覚的検査では異常はなく、ホフマン病的反射は陰性であり、腰椎に異常はなく、レントゲン撮影によれば、第四、第五及び第五、第六頸椎間に後方骨刺形成が認められた。同年四月一五日の診断では、膝蓋腱反射は右が亢進し、ワンテンブルク病的反射は陽性であったが、他に異常は認められなかった。治療として、鎮痛剤を服用するとともに、牽引療法が行われた。その後堀ノ内病院の依頼により、結城クリニックにおいてMRIの撮影がなされ、同年同月二一日のその結果によれば、頸推の第四、第五及び第五、第六頸椎間の椎間板の変性、頸椎間腔の狭小化が認められ、その原因は椎間板の膨隆か骨刺形成であり、そのため脊髄の圧迫が生じ、担当医としては、頸椎症の印象であった。

堀ノ内病院では、同年三月三日から同年七月三〇日まで通院治療を受け、その間の通院実日数は二〇日であり、右七月三〇日の診断によれば、頸部痛があり、両下肢腱反射の亢進があり、右手指進展筋力が低下し、筋力評価法であるMMT値が四程度であり(正常値は五)、リハビリによる治療を続けるも、四肢麻痺があるため、症状固定と判定された。尤も、右障害の発生時期は判定不能であり、日常生活は、痺れ感、頸部痛のためやや制限されるが、筋力低下による障害はない。

(3) その後、原告千津子は、平成六年一二月二八日に宇佐美整形外科で受診した。その際、頸部痛があり、頸椎はすべての方向に運動制限があったが、神経学的な異常所見は認められず、レントゲン上、頸椎の前湾は消失し、逆に後方凸の形を示し、第四、第五頸椎の骨刺形成が認められ、筋弛緩剤を投与され、湿布を受けた。同原告は、以後治療を受けていない。

(4) 第四、第五及び第五、第六頸椎間の骨刺形成並びに第五腰椎から第一仙椎間の椎間板突出(軽度)は、加齢性の変化であり、本件交通事故によるものとは認められない。このような加齢性変化が生じたからといって、必ずしも症状が出現する訳ではなく、原告千津子は、本件交通事故前は痺れ感や頸部痛はなかった。また、右のような加齢性変化がある場合、その症状がなくとも、小さな外傷が誘因となって症状を発生することはしばしばあり、なお、脊髄圧迫に基づく症状と頸椎捻挫に基づく症状を明白に区別することはできない。

(二) 以上のとおり認められ、甲第一六号証中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができない。

右認定の事実によれば、原告千津子は、本件交通事故のため頸椎捻挫、右大腿及び右膝打撲の傷害を受けたが、他方加齢性の第四、第五及び第五、第六頸推間の骨刺形成があり、本件交通事故による衝撃のため右骨刺形成による症状が発症したもの、即ち、同原告の症状は、頸椎捻挫及び右のような頸椎間の骨刺形成に基づくものと認められる。次に、その治療の経過をみると、本件交通事故後初診は平成四年一月一一日であり、その後も治療は毎月一回程度受けただけで、治療内容は湿布薬と精神安定剤が主であり、保谷厚生病院では、下肢進展挙上テスト等は正常であり、下肢の運動麻痺や知覚麻痺はなく、平成五年三月三日に堀ノ内病院に転院して、同年七月三〇日まで治療を受けたが、その間の実通院日数は二〇日であり、右手指進展筋力が低下し、筋力評価法であるMMT値は四程度であるが、三角筋反射等の筋反射及び知覚も他覚的所見では異常がなく、治療としては鎮痛剤の投与と牽引療法であり、右七月三〇日に症状固定との診断がなされ、その症状としては、四肢麻痺、即ち痺れ感と頸部痛があるが、その程度は、日常生活がやや制限される程度であって、その後は平成六年一二月二八日に宇佐美整形外科で受診しただけで、その際も神経学的な異常所見は認められず、筋弛緩剤を投与され、湿布を受けただけである。そこで、このような症状、他覚的検査の結果及び治療の経過等に照らすと、平成五年七月三〇日に症状固定の診断がなされ、原告千津子には痺れ感と頸部痛の症状が残存するけれども、右後遺症状の程度は、慰藉料請求権が認められることはともかくとして、収入の減少をもたらす程度に原告千津子の労働能力を喪失させたものと認めることはできない。

2  治療費

原告千津子は、前記のとおり結城クリニックにおいてMRI撮影を受けたところ、甲第一三号証の一、二並びに弁論の全部趣旨によれば、同原告は、右費用として、結城クリニック等に四万二二三〇円を支払ったことが認められる。

3  後遺障害による逸失利益

右1に判示のとおり、原告千津子には痺れ感及び頸部痛の後遺症状が残存するけれども、収入の減少をもたらす程度に労働能力を喪失したとは認められないので、同原告の後遺障害に基づく逸失利益の損害賠償請求は、理由がない。

4  慰藉料

前認定のような本件交通事故により原告千津子が受けた傷害の内容、治療の経過、後遺症状の内容、程度、右傷害による症状及び後遺症状が同原告の加齢的原因によっても生じていること、本件交通事故の内容、態様、被告の過失の内容、その他諸般の事情を考慮すると、原告千津子が本件交通事故により受けた傷害及び後遺症状によって被った精神的苦痛に対する慰藉料は、一〇〇万円をもって相当と認められる。

三  過失相殺の可否

1  道路交通法一八条によれば、軽車両は、車両通行帯が設けられている場合を除き、道路の左側端によって通行しなければならないが、右規定は、軽車両が不安定でありまた高速度で進行するに適さないことから、交通の円滑と安全を計るために軽車両の通行方法を定めたものであり、しかし軽車両が自動車に追従する場合に、その自動車運転者がサイドミラーによって軽車両の発見を容易にすることまでも直接の目的とするものではないと解される。そして、自動車の運転者としては、当然バックミラーによっても後方の安全を確認することができ、かつそうすべきであり、他方、前記のとおり、本件道路は幅員約三メートルに過ぎず、その側方はブロック塀あるいは有刺鉄線があったから、原告千津子が本件道路の左側端を通行せず、及び被告車の後方に停止したとしても、これをもって同原告にも本件交通事故の発生につき過失があったということはできない。

2  被告車が本件交差点手前で停止した際、通常被告車が直ちに後退することもあり得るということはできず、また原告千津子において、右のような事態の発生を予想しえたと認めうる証拠もないから、同原告が被告車の後方に停止した時に、被告車の後退を予測して自転車から降りるべき注意義務があったということはできない。

3  埼玉県公安委員会規則八条によれば、自転車の運転者は、幼児用座席に六歳未満の幼児を乗車させ、あるいは運転者が四歳未満の者をひも等で確実に背負っている場合を除き、二人乗りをすることが禁止されているところ、右規定の趣旨は、自転車は不安定な点があるため、その操縦が不安定となりあるいは走行中に同乗者に危険を生じさせるような二人乗りを禁止することにあると解される。そうすると、本件は、自転車の走行中に右規定に違反する二人乗りをしていたためその操縦の安定を欠いたことが事故の一因であるような事案ではなく、自転車の停止中の事故であるから、原告千津子が自転車の二人乗りをしていたことと本件交通事故の発生との間には因果関係がないというべきである。

4  以上のとおりであって、原告千津子及び宏樹には、本件交通事故による損害賠償の算定につき斟酌すべき過失を認めることはできない。

四1  そこで、宏樹の死亡により、原告らは、同人の損害賠償請求権を二分の一である二二六四万九四六七円宛相続し、これに原告ら固有の慰藉料並びに葬儀費及び墓地・墓石の購入費を加えると、原告邦之の損害額は二五七四万九四六七円であり、原告千津子の損害額は二六七四万九四六七円となる。そして、原告らは、宏樹の死亡により葬儀費用として及び自賠責保険金により各自一三二四万一一五〇円宛のてん補を受けたから、これを控除すると、原告邦之の損害残額は、一二五〇万八三一七円、原告千津子の損害残額は、一三五〇万八三一七円である。

2  原告千津子が本件交通事故により傷害を受けたことによる損害額は一〇四万二二三〇円である。

五  弁護士費用

本件事案の内容、原告らに対する損害賠償の認容額等を考慮すると、弁護士費用は、原告邦之につき一〇〇万円、原告千津子につき一一〇万円をもって相当と認められる。

六  結論

よって、原告らの本訴請求は、原告邦之が被告に対し一三五〇万八三一七円及びこれに対する本件不法行為の日である平成三年一二月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告千津子が被告に対し一五六五万〇五四七円及びこれに対する本件不法行為の日である平成三年一二月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ正当として認容し、原告らのその余の請求は失当として棄却することとする。

(裁判官 大喜多啓光)

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